アラスカ便りNo.9「ある夏の一日」

2024/8/23

アラスカ便り

7月に入り、南東アラスカ・ジュノー周辺の海辺で、ジャンプするように水面から跳ね上がるサケを見かけるようになりました。こちらではこのようなサケをジャンパーと呼びます。ジャンパーを頻繁に見るようになると、サケが戻ってきたことを知ることができます。海と河口が出合う場所にサケを見に何度も通いました。日ごとにサケの数が増えてきました。

河口付近にはサケの背びれがたくさん見えます。河口からは、小さな滝を越えていかないと川を遡っていくことができません。その滝の落差はおよそ1mほどですが水量が多くゴウゴウと音をたてて流れ落ちています。滝の手前には、滝を上る順番を待っているサケたちがひしめき合っています。あまりの多さに、サケの間に挟まれて水上に押し上げられ、水中にいるサケたちの上に乗っかり、すべるように移動するものもいます。

サケは全身の力を振り絞って、体をばねのようにしならせて果敢に滝上りに挑みますが、ほとんどのサケは途中まで上ることができても、その強い水量に抗えず、滝の手前まで押し戻されてしまいます。何度も何度も押し戻されることを繰り返し、やっと登りきることができたサケがいる一方、中には力尽きて流れに身を任せ、河口付近まで流されていくものもいます。産卵という使命に突き動かされているその姿から、生命のもつ力強さがひしひしと伝わってきて、目の前で繰り広げられる光景から私は目を離すことがでませんでした。

ふと気配を感じ、サケの遡上から視線を上げて対岸の森を見ると、15mほど先に一頭のブラックベアがこちらに向かって歩いてくるのが見えました。サケを取りに水辺に降りてきたのです。よく見ると授乳している母グマであることが分かりました。水のよどみにサケが休んでいるのを見つけ、難なく一匹をとらえ口にくわえました。しかしなぜかすぐに放してしまいました。その後すぐにもう一匹捕まえましたが、それもくわえてしばらくすると逃がしてしまいました。3度目に捕まえたサケはそのまま口にくわえ、森の中に持ち帰っていきました。クマはサケの雄と雌を見分ける、という話は以前聞いたことがありましたが、実際に見たのは初めてでした。この母グマは子グマたちに授乳するため、卵を持つ雌を食べることでより多くの栄養を取ることができるのでしょう。

サケたちは続々と遡上してきます。クマ、上空を舞うハクトウワシやカモメ、そして他の動物たちもサケを求めてやって来ます。サケを巡り、様々な物語が繰り広げられていきます。星野の著書『森へ』や『イニュニック』の中にも書かれている、遡上してくるサケの存在がとても大切であることを実感できた時間でした。

(写真・文 星野直子)
  • 一度咥えたサケを放すブラックベア

  • 遡上するサケの群れ

  • ワタスゲの群生

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