ギャラリー

悠久の自然の中で見たもの、感じたもの、
そして私たちに伝えたかったこと。
星野道夫からのメッセージを
遺された写真と文章で紹介します。

カリブーの旅を追って

6月になった。今はもう白夜の季節。
24時間の太陽のエネルギーは
雪解けを一気に推し進め、
北極圏の春は駆け足でやってくる。
ベースキャンプの周りの雪は消え、
ツンドラの香ばしい土の匂いがした。
やがて川が開き、半年間眠っていた大地は、
ゆっくりと伸びをするかのように動き出してゆく。

カリブーの小さな群れが
何度かこの谷を通り過ぎて行った。
やがてその姿も見なくなり、
季節は春から初夏へと移っていった。

カリブーの大群はどこを旅しているのだろう。
やはり今年も出会うことはないのだろうか。

ある朝、遠い山の斜面をグリズリーが歩いていた。
原野でクマと出会う。
それは何という体験なのだろう。
そこに一頭のクマがいるだけで、
広大な風景はある緊張感をもってしまう。

何日かしてツンドラの彼方から
黒いオオカミが現れた。
白夜の不可思議な気配の中、
オオカミはまっすぐこちらに向かっていた。
まだ点のような距離なのに、
突然オオカミは僕に気づき、
閃光のように走り去っていった。
地平線に消えてゆくその点を見つめながら、
心がかき乱されるようだった。

僕が感動したのはきっとオオカミではなく、
それをとりまく空間の広がりだった。
今なおオオカミが生き続けてゆくための、
その背後にある、目に見えない広がりだ。
だからこそ風景は、たった一頭のオオカミやクマで、
ひとつの完成された世界をみせてくる。

「風のような物語」小学館より

ページトップへ